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2017/06/13

午前1時のカレ天うどん

 セントレア国内線の保安検査場入口には、午前7時過ぎだというのに長蛇の列ができていた。8時10分発松山行きに乗る私は、アホらしくて並ぶ気にもなれず、「朝から生」を決め込んだ。長い列に並ばなくとも、時間になれば向こうから迎えに来る。そういうしくみになっているのである。


松山飛行機 (1)

 

 松山へ行くのは、「土木計画学会」に参加するためであるのだが、今回は高松に立ち寄ることのほうがメインとなった。K高専のM先生から電話があり、松山に来るなら高松に寄って、若手経営者に喝を入れる話をしてくれという。元々、同業者からは嫌われ者の私である。適任だとはとても思えないが“若手”と聞いて引き受ける気になった。未来のある若者たちである。悪いことは言わないから、タクシー会社など今すぐ辞めなさいと引導を渡すのが先輩経営者としての誠実な務めだろう。もはや地方のタクシーに未来などない。特に中小零細企業にとっては、厳しい現実が目の前にある。それを誰も口にしない業界である。私が言わねば誰が言う。

 

 松山に3日滞在し、少しの勉強と学者先生たちとの宴会と、間に鯛めしや鯛だしラーメンを食らい、坂の上の雲ミュージアムに少しがっかりしながらも司馬先生の偉業に感心し、じゃこ天と弁当と缶ビールを買込んで、予讃線で高松へ向かった。

 

 松山飛行機 (2)

 

 松山飛行機 (3)

 

 高松ではタクシー協会A会長直々のお出迎えを受けて恐縮したが、待ち合わせ場所にはM先生の後ろに見なれた顔の方がいた。あれ?倉木麻衣を嫁にするという野望を持つO大学のO先生ではないか。昨日までいっしょにいたのに、ナニ。多忙ではこの業界で全国一二を争うお方である。くだらん私の話を聞きに高松まで寄っていただけるとは光栄ではあるが、後悔されないことを祈るばかりである。ちょっとうれしかったけどね。

 

 さて、講演は予定時刻通りに始まり、身も蓋もない話になっていることに自身で気付きながら、約75分捲し立てた。耳の痛い話を随分申し上げたが、皆さん熱心に聞いて下さった。何より気分が良かったのは、美しい女性がひとり、席に混じっていたことが大きかった。講師なんてそんなもんである。それだけで調子に乗る。だから、人前であることないことペラペラしゃべる奴にロクな奴はいないのである。もちろん私はろくなやつではない。

 

 さて、問題はそこからだった。懇親会である。講師を囲んでの懇親会など、お互いに微妙な距離を保ち、愛想笑いの応酬で程なくお開きとなるのが常だが、恐ろしや高松タクシー協会若葉会は、それを許してはくれなかった。とことんであった。敵は、20代~40代の現役である。今や懐かしい「昭和の飲み方」なのである。小洒落た居酒屋での一次会は飲み放題タイムリミット一杯まで盛り上がり、二次会で高松嬢に鼻の下を延ばした後、2回目の「次行きましょう!」でロシアンとかいう名前の店の扉を開けると、明るいフィリピーナが出迎えてくれた。並んで「タラッタイマテ~」というチャイニーズ嬢が笑っている。どこがロシアだよ、と突っ込むと奥から「私がロシアよ」と3ラウンドKOを喰らったナブラチロアのようなおばさんが出て来た。高松は奥が深い。

 

 3回目の次行きましょうでは、シメだシメっ!と若葉会T会長が叫んでいた。どこが若葉だよ。シメはうどん、本場っすから!カレ天8人前~!って、カレ天!?カレーうどん天ぷらのせである。時刻は午前1時過ぎ。明らかにイカンやつである。しかも有無を言わせぬ会長の統率力。全員カレ天。私の舌を滑らかにしてくれた美人C嬢も「私食べられなぁーい」などと無礼なことは言わない。何食わぬ顔で目の前に出されたカレ天に箸を突っ込んだ。見た目は当然茶色系のグロい丼ものである。ところが、やはり自信を持って会長がいうだけのことはある。う、うまい。あっという間に汁まで飲み干して完食である。絶対イカンやつなのに。

 

 松山飛行機 (4)

 

 かくして翌朝に予定していた私の「朝うどん」計画は中止となり、ドリフを見た後にはすぐ寝る習慣の私には、「午前1時のカレ天」は、予想通り身体に多大な影響を与えた。それでも20年前には毎晩こんなことをしていたなと自分を振り返ると、徹底的にお付き合いいただいた皆さんには頭が下がる。最近の私は、人との付き合いを意識的に避けていた。しんどいし、面倒くさいからだ。しかし、気持ちのいい人たちとの酒は、やはり気持ちがいい。思い出せないほど久しぶりに実に楽しい夜だった。高松の新しい友に、心より感謝である。彼らは、岐阜に来ることを約束してくれたが、果たして味噌煮込みうどんにどんな罵声を浴びせるのだろう。楽しみである。

 

 ひとり真夜中の商店街のアーケード下をホテルに向かって歩きながら、どんな未来が来ようと彼らは対応できるような気がした。変化に対応できるのは、「よそ者、馬鹿者、若者」だという。そうだ、彼らのような若者がいる限り、この業界も捨てたもんじゃないのかも知れない。心からそう思った高松の夜である。

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