2017/07/29

余命宣告!?

    激しく咳き込んだ後、ティッシュに痰を吐き出すと真っ赤な血が混じっていた。おお、文人・正岡子規がごとく、ついに来たか、結核?肺ガン?・・・。

 

  正岡

  

   この後、病院に行けば、医者は眉間に皺を寄せ「ご家族を呼んで下さい」などと唐突に言うのだろう。「いや、私に家族はいま・・・」約30分はかかるであろう私の身の上話に、医者は一切耳を貸さず、ならばとレントゲンの白い部分をペンで指しながら、「これが全てガンです」などと直接、引導を渡すのかも知れない。

   「先生、私に残された時間は?」・・・「一般論として聞いて下さい」なんて医療訴訟の予防線を張りながら「残念ですが、短くて半年、長くて一年」・・・私はうろたえることなく背筋を伸ばし「わかりました」と整然というのである。

   私に好意を寄せていたのであろうか、泣きじゃくる看護師に軽く会釈をした後、病院を出た私は、停めてあったクルマに乗り込み、タバコに火をつける・・・って、やめねーのかよ!?そう、今さらやめてもどうにかなるものでもなかろう。煙を吐き出しながら「そうさ、未練なく旅立って見せるさ」とつぶやくのであった。

 

肺  

  

   てな妄想をしていたら、右の奥歯の下の方に違和感があったので指を突っ込んでみると、あれ?血が出てんじゃん。ええっ!?歯槽膿漏!?ありゃ、そっちかよ!歯槽膿漏じゃあ、余命何とかはねーなー。

 

   余命宣告はさておき、加齢による体の変化は、日に日に自覚せざるを得ない状況になっている。なに、たかだか56で加齢も何もあったもんじゃないだろう、なんて思う人は、君が未だ経験をしていない若者だからである。「歳には逆らえない」とは名言である。幸い私の場合は、容姿による年齢予測に著しい影響を及ぼす頭髪については、抜け毛は多発しているものの「まだ、ある」状態なので、そんなにジジイには見えない。だから説得力はないのだが、特に見えないところで着々と老化は進行しているのである。

 

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   一番参るのは、あっちの方、そう、あっちの方と言えばあっちの方だ。たまに、そっちとも言うが、まあどうでもいい。よく人に勘違いされるのであるが、元々、私は強かったわけではない。いやいや、そりゃ好きは好きだよ。ただ、好きと強いは別物だ。女好きとエロ好きの違いだ。私は典型的な前者である。ほっといてくれ!!・・・しかし、それにしても、である。

   その境は厄年頃であった。本厄42歳を過ぎたとたんに、しばしばゴメンとなった。「実るほど首部を垂れる稲穂かな」・・・人間ができて来たからだろうか?全然違う気がするが、いずれにしても、その気持ちがないわけではない、というより、むしろねちっこさは増しているのに、マイジュニア・アイムソーリーなのである。最後に「終わり」と書かれた赤い球が出るという“赤玉伝説”は体験していない   が、ん?もしかして出たのか?気づかぬうちに・・・。

 

   その他、加齢による変化を自覚することが増えている。移動で疲れるなんて、昔は意味がわからなかった。鉄道にしろ飛行機にしろ、ただ乗っているだけなのに何が疲れるというんだ?と思っていた。ところが、日帰り東京出張など、玄関開けたとたん、しば漬けのCMのように倒れこむ。五十肩は四十の終わりからそのままだし、筋肉痛は三日後に起こるようになった。ほど良く飲んだつもりが二日酔いだし、夜中に二度は小便に起きる。想像もしなかった出来事を体験していくのである。この先、何が待っているのか・・・。恐ろしくて先輩に聞く気にもなれない。

 

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   だからと言って、サランラップ?いやライなんとかというところに通って、自慢げに360°回る気にもなれないし、病気を苦におかしな健康食品に手を出すつもりもない。自分に何かを課すという生き方はとうにやめた。未来を憂いて苦しむより、今を自由に生きた方がいい。階段よりエスカレーター、徒歩よりタクシー、ゴルフ場では電動カートなのである。

  

   怠惰な生活のツケが回ってくることもあろう。おそらく、アカンことばかりしてきたので、良い死に方は出来ないとも思う。だからこそ、日々楽しいことしかしないと決めた。平均寿命はあくまで平均、人生はやはり50年である。もうおまけの時間に入っている。そんなに難しく考えなくとも、迎えが来る時には来る。「よ、お疲れさん。なら、行きますか」と笑顔で応えたいものである。

   だが、とりあえずは「りんごをかじると」を買わなきゃな。

 

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2017/07/26

ビットコインとオレのひざ

 「お金欲しい?」と聞かれれば、間髪入れずに「欲しい!」と答える。いやー、岩村さんに限って、そんなハシタナイことは言わないでしょう、なんてことは一切ない。脚気の検査のように膝がピクンと動く。自分の意志とは関係なく反射的に反応するのである。ただ、生れた時にはそんなことはなかったはずであるのだが・・・いつの間にか、こんな私に誰がした?と思うのである。

 

 ネットのニュースで「ビットコイン取引中止!」という記事を見た。何かとお騒がせなビットコインだが、こんな仮想通貨の話を聞くと、経済社会は、いよいよイッチャッテルと思う。どこぞのアホが考えだし、どこぞのアホが乗っかかり、どこぞのアホが破産しても何の関係もないのだが、分別ある大人なら、そろそろお前ら止めろよと言ってやることも必要だろう。ただ、分別ある大人と言ったって、脚気の検査の膝状態だからどうしようもないのだが、このままじゃ本当に世の中危ないぜ。と思うのである。

 

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 ある経営者仲間に「お前、借りた金、実際に見たことある?」と聞かれた。今まで私が見た現金の最高額は3千万円である。今から30数年前、親父が家を建てる時、大工さんに渡す現金を見た。以降、その何倍ものお金を借りたが、実際に現金を見たことは一度もない。数字の書かれた紙に判子を押し、銀行口座の数字が動くだけである。あれで本当にお金を借りたと言えるのだろうか。

 「だからさー、お金って銀行のねぇちゃの指から産まれるんだよなあ」、ビールを片手に居酒屋の壁に貼られた「どて煮あり〼」という紙を見つめながら、その友人はシミジミと言った。「何やってんだろな、俺たち・・・」。

 

 ニクソン

 

 “ニクソンショック”という言葉をご存じだろうか。元々、世界を流通するお金は、絶対的価値のある金の量を基準に作られていた。金の保有量に比して、各国の紙幣が印刷されていたのである。ごくまともなルールだが、戦争の後、勝ったアメリカに世界のほとんどの金が集まったもんだから、今度はアメリカの発行するドルが世界のお金の基準となった。ここまではいい。あくまでも、お金は「金との引換証」という名目があったので、いざとなれば担保の金をもらえばいい。ところが、である。アメリカのニクソンという大統領が、夕方のニュースで、突然、とんでもないことを言いだした。「えへん、今日から我々は、金の保有量とは関係なく、お金を作ります。」・・・どひゃーである。そりゃあショックである。おめーさあ、いくら力あるって言っても、そりゃねーだろ、好きなだけお金作れるってどーゆーことだよ!と各国が突っ込みいれても「なら、キミらドル札使わなきゃいいじゃん!」って強気の一言。一事が万事、アメリカとは、そういう国である。

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 さあ、この時点から、世界に流通するお金は、ただの紙切れとなった。ただの紙切れを信用するアホがどこにいるんだ!?と思うのが常識というものだろうが、常識の方が変わったのである。ただ、まだこの程度なら良かったのだろうが、その後は、皆さんもご存じのとおり、お金を何かに変えて利益を上げるのが経済活動だと言われていたのが、面倒くせぇから銭で銭を増やそうぜとなり、金融工学なんて言葉もできて、今やAI同士に闘わせて丁半博打を繰り広げている。「株のひとつもやらなきゃ、経営者として経済社会に関わっているとは言えんよ」と私の前でしたり顔で言ったアホがいるが、同じ博打なら競輪やりなさい。その方がよほど健全だから。だって競輪場へ行くだけで世の中のクズって言われるんだからね。実にまともだよ。

 

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 1ビットコインが今では30万円だという。お金を勝手に作ると牢屋に入れられると子供の頃教わった気がするのだが、法律が変わったのだろうか?えっ?まだできていないって?ふーん、だったらそのうち逮捕されるよね、あのひとたち・・・。えっ?違うの?

 

 そもそも各国のお金を作る中央銀行は民間銀行であるという事実。日銀の政府持ち株は50%だという。じゃあ、後は誰が株持っているの?守秘義務とやらで公表しないらしい。お金は、そういうところ印刷されている。それでもお金が欲しいと脚気の検査の膝は反応する。このままじゃいかんと思うのだが、どうにかならないものか、オレの膝。

 

2017/07/19

未来シェアへの想い

 沖縄から東京出張を挟み、函館に行った。25℃と表示されていた街頭のデジタル表記を見て、北から南へ弓なす島々で構成するこの国は、決して小国ではないことを実感する。できることなら夏はこちらで過ごしたいものだと思う。食いもんはうまいし、おねぇちゃんはキレイ・・・ん?気のせい?そんなことはなかろう。

 

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 縁あって、昨年からベンチャー企業の立上げに携わっている。母体が公立はこだて未来大学ということもあり、本社を函館に置いた。AI技術を使った完全自動かつリアルタイムに乗合配車を行なうシステムを普及させ、地域公共交通の効率化により、皆が使いやすい新たな交通手段を生み出すことが目的である。社名を株式会社未来シェアとした。

 

 コミタクの創業前、私は渋滞の列を見ながら1台に1人しか乗っていない無駄をなんとかできないものかと思っていた。一方で、空のバスに凄まじいほどの補助金を打ち、維持していることのアホらしさを失笑していた。また、タクシー運賃の高さと接客の悪さにも閉口していた。出来るだけ多くの車で出来るだけの多くの油を使うことが、経済大国ニッポンを支えているのならば、いずれ国は滅びると断言してもいい、そんなことを思っていた。 


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 地域の課題を考え、「みんなの足」を創ろうと言った時、具体的なビジネスモデルは「月極定額地域限定乗合タクシー」だった。毎月一定額を払えば多治見市内でタクシー乗り放題、ただし、乗合制であるという乗物である。素人が何を言いだすのかと、運輸局からも業界からも笑われたのだが、あれから14年、今や「ライドシェア」という名で世界各地を席捲している。最初にこれを仕掛けたウーバーという会社は、実に7兆円もの資金を集め、次世代を牽引すると期待される企業となっている。1台の車を皆でシェアするという単純な発想は全く同じである。コミタクとウーバーとでは、何が違っていたのか・・・。IT技術に他ならない。エロ画像見たさにFAXモデムをパソコンにつないでいた時代である。スマホの出現もAIと呼ばれる人工知能のことも、全く想像できなかった。というより、0と1で成り立つデジタルの世界へ関心が持てなかったし、小難しいプログラミング言語への拒絶心も強かった。光の速度でデータをやりとりし、無線でどこへでも飛ばせることなど考えもしなかった。まあ、悔しいとも思わない。それは多様性のひとつの結果である。私がIT技術者になるなど今世では考えられないのである。

  

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 ただ、どういう仕組みか知らないが、“想い”は常に実現の方向へ行くものらしいことを経験から知った。もちろん、形になったもの、ならないもの、それぞれあるが、チャンスは必ず巡って来る。自己啓発セミナーや宗教に被れているわけではない。事実として、そういうものなのである。私と未来シェアが繋がる必然性は、それ以外何もない。

 

 未来シェアの立上げメンバーは、研究者の先生が中心となっている。理系のど真ん中、私とは真逆である。だからこそ、飲んでいる時も話はとてつもなく面白い。ある先生に、どうしてこの道に進んだのかと聞くと、少年の時に見たガンダムだと言う。ビグザムを自分で作りたいと思ったとおっしゃられるが、私には全く意味不明である。ただ、そんな話を聞いていて、ふと思った。未来を描いたアニメに出て来る“想い”が、現社会で次々と実現している。鉄腕アトムやドラえもんに出て来た空想の物なり仕組みが、現実のものになっていることに驚く。手塚治虫や藤子不二雄の偉大さはもちろんだが、空想が現実に結び付く、逆言えば、想わなければそうならない、「そういうもんである」のかも知れない。人間に創れないものはないと錯覚しそうであるが、皮肉にも今、人間は人間に勝るものを創ろうとしている。良いか悪いかの議論などどうでもいい。成長したいと願う本能が、今ここにいるという証なのである。

 

 無題

 

 いずれにしても我々は、未来シェアで世の中を変えようと思っている。現に資本も人もウーバーほどにないにせよ、どんどん集まって来ている。旅客や自動運転車両の方向だけでなく、他の分野に汎用するプランも具体的にあり、夢は膨らむ。ただ、悲しいかな、一番関心がないのが業界である。私には理解ができないが、現状維持への願いもまた、人間の本能なのだろう。確かに変化は怖いものなのかも知れない。しかし、変わらなければ、いずれなくなる。まあいい、大人しくじっとしてろ、俺たちが作って行ってやるから、ぐらいの気持ちである。

 

2017/07/13

台湾の旅

   沖縄の旅の話のついでに、台湾の話をしよう。ご存じのとおり、地図上で沖縄の左を見ると、そこは台湾である。歴史的に様々な見解はあるが、海外と言っても、かつては日本であった国である。“近くて近い国”台湾だが、まだ私は3回しか訪れていない。最近では、今年の2月、某自動車学校社長がホールインワンコンペを台北でやると言いだし、仕方ないふりをして喜んで参加したのが一番新しい訪問である。

 

たいわん

  

   台北には、セントレアから直行便で約3時間半、帰りは約2時間半程度で行って来られる。LCCもどんどん増便しているので、全国どこからでも最も行き易い海外である。沖縄のさらに南に位置するこの国は、常夏のイメージがあるが、今年2月に訪れた時は、相当寒く、また大雨に祟られた。今回の旅のメインがゴルフだっただけに、とんでもなく痛い目に会うこととなったのだが、主催者の日頃の心がけの悪さ以外、何者でもない。

 台湾ごるふ

  

   そんなわけで、ゴルフの話は語るべくもないので止めておくが、例によって私はわがままを言って、2日ほど旅を延長させてもらった。同行者と空港で別れた30分後に私の携帯が鳴って「飛行機が飛ばへんがや」と欠航の知らせを受け、空港で足止めを喰らう面々の顔を思い浮かべて、腹の底から笑わせてもらったが、とにもかくにも団体行動から離れ、私は台北市内を独りうろつくことにした。

 

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   まず興味があったのは新幹線である。一般的ではないが、桃園空港からバスを乗り継いで台北駅まで新幹線に乗るルートがあるので、行って見た。発券窓口は長蛇の列ができ、自動券売機で相当苦労してチケットを買って乗ったのは、日本と全く同じ車両の新幹線であった。見事にそのまんまである。日曜日の夕方というせいであったのか、通路に立つのもたいへんなぐらいの乗車率で閉口した。もっとも10数分の乗車である。あっという間に台北駅につき、人波にもまれて駅前の日本人御用達ビジネスホテルにチェックインした。何故、御用達なのか・・・現在、台北のホテルは100%禁煙である。ただし、ベランダの付いている部屋では黙認される。この宿をとった最大の理由がそれなのだが、笑えるほど狭いベランダで寒さに震えホタル族となり、それでもウシュレット付きの部屋で快適に爆睡することが出来た。

 

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   翌朝目覚めると、すこぶる快調に腹が空いていた。よしここは有名な阜抗豆漿(フーハンドウジャン)へ行って見ようと、Googleの地図アプリに頼って路線バスに乗って行って見た。ところが・・・様子がおかしいと思ったら休みである。こういう時の切り替えの早さには私は自信がある。大体、そうは言ってもたかが豆乳である。どうでもいと思えばどうでもいい食いもんなのである。と、斜め向かいに同じような看板の店を見つけた。永和豆漿と書かれてある。まあ、物は試しと店内に入り、「台北ナビ」の写真と同じものを頼んだら、ああた、これがうまいうまい。人気店である必要なんかまるでないではないか。あの店、休みで良かったんじゃないか?と思える思考は、経営者には必要な資質である。

 

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   さて、腹は満たされたが特に行くあてはない。ふと、その昔テレビ番組で見た「占い横丁」を思い出した。ググると地下鉄4つほどの駅である。胡散臭い占いだったが時間つぶしにはもってこいかも知れない。大体、今でも商売が成り立っているのだろうか。ビジネスモデルとしては、非常に興味が湧く。

 

 横丁は、ビルの地下通路のような所にあった。5軒ほどが軒を連ねていたが、目当ての店があるわけではなく、どうしたものかと思案しているところに、半ば強引におばちゃんに引き込まれた。「はい、ここ座って」と言われるがまま、たたみかける様に生年月日と名前を聞かれ、私の向かいに座った“先生”に通訳を始めた。その後、二三、何かを聞かれた気がするが覚えていない。すると、“先生”は赤い紙に何やらすごい勢いで書き始めた。それを今度はおばちゃんが日本語で同様の紙に書き写し、いきなり一方的に話始めた。「あなたモテるね。女には苦労しない。一生、遊び、大丈夫!」・・・おいおい、いきなり女の話かよ!なんだか「女=遊び」というのが引っ掛かったが、確かに私はモテるし、そう言われて悪い気はしない。「仕事、これからもっとよくなる、大丈夫!」「体、心配ない。水たくさん飲んでね。大丈夫!」・・・あとは何を言われたのかよく覚えていないが、とにかくはっきり記憶にあるのは「女」と「大丈夫」である。まあ、確かに私の人生、そのふたつがあれば充分楽しく生きて行ける。ははあん、さすがプロである。当たるも八卦当たらぬも八卦、お客様を楽しくするのは、他のエンターティメントと同じである。提供側がいる限り、この商売は続いて行くだろう。入れ違いに三人組の若い女性たちが店の前に来て、どの店にしようか迷っていた風だったので私は声をかけた。「どの店も外れはないよ」と。

 

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 さて、今晩の宿は、台北の奥座敷、北投温泉に取った。ちょっと奮発して露天風呂客室である。もろ、カップル御用達の御籠り系宿であるので、ビビアン・スーを誘いたかったが、まあ彼女も忙しいから、今回は、ひとりで温泉三昧としよう。

 北投温泉は、はっきり言って、我が岐阜が誇る下呂温泉とは比べ物にならない鼻くそのような湯であったが、ただ、微妙に異国情緒と日式が混じる温泉地は、とても面白かった。ここには日本の加賀屋が出店しているが、たまたま修学旅行生の団体が入って行くのを見つけ、日本経済はまだまだ元気だと安堵しながらも複雑な気持ちとなった。まあ、彼らにとっては良い経験に間違いないからいいのだろうが、奮発したつもりの私の宿は、加賀屋の半分以下の料金である。貧乏人は僻みっぽいのである。

 

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 ほんの少しの散歩と、ビール⇔温泉の繰り返しで、あっという間に帰国の時間となったが、久しぶりにゆっくり出来た休日だった。帰り際、潰れたパチンコ屋を見つけた。どう見ても日本の昭和である。歴史のいたずらで結果として海外となった。嫌中嫌韓がブームのようになっていることが残念でならないが、国境という不思議な境界線について考えさせられた。

  

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 てなこと書いていたら、雨降りに祟られ飛行機が飛ばずに延泊したあの同行者から、9月初旬にリベンジゴルフツアーが決定したと携帯に知らせが入った。そうだな、今度は、高雄あたりに足を延ばしてみるか。そうそう、誰かビビアンの携帯番号しらないか?


2017/07/12

久米島の旅VO.2

 那覇から4時間ほどフェリーに揺られ、久米島にたどり着いた後、すぐにホテルにチェックインして、シュノーケリングを楽しもうと、ホテル内のビーチハウスへ電話を入れた。ところがライセンスのない者には、シュノーケリングセットは貸し出せないという。

 

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 なんなら忍び込んでかっぱらったるか、脅迫まがいに押し切ったろかと受話器を握りながら思いを巡らせていると、受話器の向こうのネェちゃんがこう言った。「ライセンスをお持ちでないお客様には、専用の講習を受講していただくか、ツアーへ参加いただくかのいずれかになります。」・・・。

 ならすぐ講習してくれよ、いくらだ?5千円!?えらい高いなぁ。「ただぁ・・・スタッフがおりませんので、すぐに講習はできません。」とネェちゃんは言う。ならいつならいいんだ?夕方?って、もう夕方じゃん。「明日朝9時に出発するツアーにご参加いただければ、ツアーの中で講習をさせていただきます。」・・・ははーん、そーゆーことなのね。いくら?「ランチ付きで13,800円でございます。」って、高っ!

 

 ハテの浜

 

 ツアーの行先は、おそらく久米島を訪れる観光客のほぼ全員が行くであろう砂浜だけの無人島「ハテの浜」である。まあそりゃあ行ってみる価値はある場所なのだが、たしか、私の事前調査では、行くだけなら4,000円からツアーがあるはずだ。この辺、私はすこぶるセコイ。徹底的にこだわる。素人だますような商売は許せないのである。

 ランチは何だ?カ、カレーライス!?ドリンク別ぅ!?のヤロ、阿漕な商売しやがって!断固拒否、誰が行くもんか、んなとこ!とは言わず、「ありがとう」と私は電話を切った。シュノーケリングにもハテの浜にも未練はない。貧乏人は貧乏人としての意地がある。それを貫き通してこそ貧乏人の道である。

 ならばバイクだ。まあ、時間的に今日はしょうがない、一杯飲んで寝るとするか、明日バイクで島内一周だ。かくして、久米島の1日目は全く何もせず終了したのであった。 


そら

 

 ネットを見ると、島内唯一のレンタルバイク屋は自社HPを持っていない。ここで嫌な予感がしたが、ホテルからはすぐそこだし、年中無休だというから、まさか、かき入れ時の日曜日の今日、休みということもあるまい。と思いながら8時に電話を入れてみると、誰も出ない。様子を見計らって、何度電話しても出ない。あら、なんだ営業時間10時からじゃんと気が付き、10時に電話してみるも出ない。やばいな。まさか休み?しょうがないので店まで歩いて行ってみた。な、なんと店の前にはバイクは並んでいるものの、鍵はかかり人の気配はない。シュノーケリングに続き、バイクまでアウトか!?なんということであろう。神は我を見捨てまおうたか!

 

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 途方に暮れた私は、バイク屋の裏にあるコンビニで遅い朝食を採り、どうしたものかと思案していた。時計を見ると11時30分。このまま1日が終わるのかと思うと残念でならず、なんとなくもう一度、店に電話をかけて見た。すぐさま出た。声はおばあちゃんである。やってるよー、と軽く言う。嘘つけやってないじゃんか、鍵かかってたじゃん!

 電話を切って15秒後に店に着くと、お客さんがひとりバイクのエンジンをかけているところだった。かかんねぇぞー、ならコッチにしろやと別の鍵を渡しているやりとり待つこと5分。私の番が来た。

 「今日は中学校の運動会でさー、みんなそっちさー。」どうやら婆さまは予約客に対応するため、店主の言いつけで店に帰って来たらしい。「ん?6時間?いくらだ?」、俺に聞いてどうするよ、ばあちゃん。一応、免許証のコピーを取られ、どれでもいいから乗って行けという。島ならではの素晴らしい緩さだ。ブレーキも緩そうなので大丈夫かよと思いながら、このスリリングさが離島ならではなのである。これを容認できない人には、離島、いや沖縄は無理である。ばあちゃんのおかげで楽しい1日となった。原付バイクで島中を走り回り、美しい景色をいくつも眺めた。いつ止まるかもわからない緩いバイクが、この旅を最高のものにしてくれた。

 

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 翌朝、台風3号の影響でフェリーが欠航となった。実は、なんとなくの勘で久米島に着いた時、帰りの飛行機を押えたのである。残り1席だった。折しも、ご主人様から東京への呼び出しがあり、なんとなくの勘は神がかり的な勘であるという結果となった。

 

 ただ、だからこそ・・・島の緩さを本土に持ち込めるほどの度胸が、まだ私にはないと言える。商売より運動会の方が大切に決まっているではないか。バイクを返しに行った時、店主の爺さんは、笑って私に「ありがとう」と言った。あの笑顔に、どうやっても今の私の笑顔は勝てない・・・そう思った。

2017/07/10

久米島の旅VO.1

   沖縄は那覇へ行った。おかげさまで公務である。おかげさまというのは、全国子育てタクシー協会理事様である。毎年、総会は全国各地持ち回りで行なわれているが、今年は那覇での開催なのである。毎回出席の私は、当然、那覇だから行けないという不細工なことは言えないので、しょうがなく4日の休みをプラスして行くことにした。しょうがなくというのは、それ以外にやりようがないという意味だからいいのである。

 

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   5年ほど前、那覇のスナックで隣席した兄ちゃんが「海はリトーだよ」と言った。イントネーションの違いから「離島」だとわかるのに数秒かったが、とにかく「リトー」という言葉が引っ掛かり、色々と調べてみると、日本で一番南の島と日本で一番西の島が八重山諸島にあるという。そうか島めぐりだと思い立ち、ようやく2年前、八重山諸島めぐりが実現した。石垣島を起点に、日本最西端の与那国、そして日本最南端の波照間と渡り、西表、小浜、竹富と周った。冬でも半袖で通すと自慢していた兄ちゃんのいうことは本当だった。離島の海の色は別物だった。と同時に、島の雰囲気もそこで暮らす人も、それぞれ島々で特徴があった。私は完全に八重山の虜となった。

 

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   ただ、あの兄ちゃんのいう「リトー」とは、八重山のことなのか、もしかすると本島周辺のことを言っているのではないか、そんなに遠くに行かなくても、「リトーは目の前にあるよ」と言われるような気がして、昨年は那覇から高速船で1時間の渡嘉敷島へ行った。たった1時間で、海の色は、やはり離島のものだった。ただ、残念かな、ここは離島ではない。本島に属している島である。日帰り旅行者が多いせいなのか、いざとなれば誰も助けに来ないという凛とした緊張感がない、そんな気がした。ならば、どれだけ離れれば離島なのか。この単純で、しかも曖昧で、人から見ればどうでもいい問いの答えを私は探そうと、今回は渡嘉敷島から少し遠い久米島を選んだ。

  

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 久米島は、那覇から飛行機で30分、フェリーなら3時間半である。面積は、宮古島に次いで大きく、沖縄では5番目だという。砂浜だけの無人島「ハテの浜」が一番の売りだが、行ってみると、残念ながらバブルに置き捨てられた寂れた観光地だった。私は、ビーチが目の前だと謳う格安リゾートホテルを宿にしたが、とある日本の航空会社が手に負えず手放したものをリニューアルもせずに引き続き営業している古いホテルだった。ビーチも見た目はいいが、荒れていた。日本全国でよくある老舗観光地と同じく、こうなると巻き返すのは至難の業だろう。まあ、その方がダイバーや本当に海好きの人たちには良いのかも知れない。車海老の養殖が盛んなようだから、島の経済を観光に頼る必要もなかろう。そうやって、本来の島に戻る方が良い気がした。

 

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   私が離島に行くと必ずすることがある。浅瀬をシュノーケリングで覗くことと原付バイクを借りて島中を走り回ることである。逆に言えば、それ以外、本を読むか酒を飲むか寝るぐらいしかすることがないのだが、水深1mでもサンゴがいれば充分美しいものが見られるし、風を切って原付バイクで走る爽快さは、離島ならではのものである。どちらも手軽に、かつ安価に楽しめるからいい。

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  ホテルに到着してすぐ、マスクを借りようとホテル内のビーチハウスに電話を入れた。ところが、ライセンスをお持ちですかという。ええ、仕事柄、大型二種を持っていますけど、というような冗談は一切通じないほど、電話口の向こうのネェちゃんは冷たく言い放った。ライセンスってああた、持ってないからこそのシュノーケリングでしょ。ライセンスがありゃ、ボンベかついで潜りまんがな!という抵抗もむなしく、ライセンスがなければ専用の講習を受けろという。お上り観光客に勝手に海で死なれちゃ寝覚めが悪いだろうから、そりゃ分からないでもないが・・・。

 

 さて、果たしてどうなったのか、この後は、つづく・・・。

2017/07/08

片方の靴下

 出張先で目覚めた時、一瞬、ここはどこだ?とわからないことがある。大抵は、二日酔いの類の時なのだが、懇親会ならともかく、ひとり晩酌でも飲み過ぎるのであるから性質が悪い。もちろん、知らない街で知らない店に入ってである。

 

 徐々に目覚める意識の中で、ああここは東京でホテルに泊まったんだとベッドに腰かけポヤンとしていると、脱いだ着衣が足元に散乱しているのに気が付いた。そういえば、あの居酒屋の親父だ、あいつのせいで飲み過ぎたんだ。懲りないアルコール中毒患者は、すぐ人のせいにし反省はしない。まさか、頼みもしない酒が出てきたわけでもあるまいし、注文したのは、もちろん私である。

 

 散乱していた着衣を拾い上げ、ベットの上に広げた。あれ?靴下が片方しかない。どこへ行ったんだ?そうだ、伏見からだ、わしは伏見に住んでいたと親父が言いだしてから、話は止まらなくなったんだ。机周りやカバンの中をゴソゴソやりながら、カオルちゃんを思い出した。岸和田のではない。居酒屋のカオルちゃんだ。可愛かったなあ~、優香似の小柄なロリタイプ・・・。あれ?オレ、何探してんだっけ?ああ、靴下だ。なんでないんだ?まあ、いいか、先に小便するか。

 

 便器に腰掛けながら、飼い主様に東京本社に呼び出されたことを思い出し、ちょっと憂鬱な気分になった。(えっ?なに?小便は座ってするんだよ、おれは。細かいこと気にするなよ。)とは言っても、別に叱られに行くわけではない。新しい仕事の話なので、むしろ喜ぶべきなのだろうが、なんだか面倒くさい。所詮、銭金の話だ。本来なら私にとっては、どうでもいい。しかし、会社も私も現在銭足らずなのは事実なので、いたしかたあるまい、尻尾を振るしか選択肢はないのである。あっ!ひょっとして、ゴミ箱に紛れ込んでるのかな?いや、だから、靴下である。

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 ゴミ箱をあさりながら、昨日からずっと探し物をしていることに気が付いた。そっちのほうは、USBメモリーである。大事なスティックがどういうわけか見つからない。飼い主様に見せるプレゼンのデータを入れるため必要だったのだが、会社の机周りにも、自宅の万年床あたりにも、ない。いつも使うかばんは、5回もひっくり返した。結局、タイムリミットで新品を買ったのだが、すっきりしない気分のまま、靴下である。

 

 昨夜の行動をシミレーションしてみる。鍵を開け、部屋に入る。ズボンを脱いで、ベッドの上に腰掛ける。シャツを脱ぐ。ここだ。靴下を脱いで・・・うん、投げるな、オレはここで。投げた靴下はどこへ行くか。なにせ10㎡の部屋である。正面向かって1m先は壁である。壁に当たれば下に落ちる。が、ないということは、あらぬ方向へ飛んで行ったのか。ベッドをずらし反対側を見る。ベットの下をのぞき込んでみる。まさかエアコンの上か?あるわけがない。テレビの裏、机の下、カーテンの間・・・。ないわけがない。

 

 机の上に財布がむき出しで置いてあった。そういえば、結構、勘定高かったなあ。と思いながら、ふと財布を開くと、異変にすぐ気づいた。カードホルダーのあるべきところのカードが1枚抜けている。おいおい、今度はカードかよ。まいったなあ。財布の中をまさぐる。ない。あれ?何のカードだ?あっ、ナナコだ。おねぇちゃんの名前じゃない、セブンイレブンである。残高は全く覚えていないが、まあいい、クレカと比べれば拾ったやつにくれてやってもたかが知れている。

 

 いや、だから、それより靴下である。この狭い部屋の中で脱いだということは、部屋の中にあるしかあり得ないではないか!だが、ない。ということは、部屋に入る前に脱いだということか?ええ!?背筋に冷たいものが走った。カオルちゃんにチップだと渡したのか?ないない、それはない。じゃあどこで脱ぐんだ?とその瞬間、扁桃核および海馬を始めとした私の前頭葉全体が、「その件については全ての思考を止めなさい」と指示を出した。都合の悪いことは忘れるべきなのである。事実がどうあろうと、人が生きて行くということは、そういうことなのである。

 

 と、ベッドの上に残された片方の靴下が、寂しげにこちらを見ていた。諦めなさい、そういうことだから・・・。心を鬼にして私は残された片方の靴下をゴミ箱に入れた。そう、「ありがとう」と心を込めて言いながら。

 

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