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2017/05/31

ひとりで旅に出る理由

   私は、相当なわがままである。と思う。また、相当な天の邪鬼でもある。と思う。ところが体に流れているO型の血と、持って生まれた口のうまさが、「世渡り上手のばち当たり」といわれるほどの交際上手を演じさせ、岩村さんは「人が好き」という間違った評価を受けることになっている。が実は、私は人が嫌いだ。

 

   兄さん何が言いたいんや?そうそう、私は団体行動に向いていないという話である。決められた時間に決められた場所に連なっていくのは苦痛だ。また、人が素晴らしいと言えば「ふんっ、こんなもん」と、つい思ってしまう。おまけに、AB型のそれと違って、充分常識的に周りの空気が読めるので、無理に合わせる分だけ、さらに苦痛となるのである。

 

   したがって、旅はひとりで出かけることを基本にしている。パッケージツアーの団体旅行には向いていない。自分が建てた行程によるものならいいが、出発したとたんに離脱の方法を考え始めてしまう。第一、あの絵面を私は良しとしない。いい大人がはしゃぎながら添乗員の後ろをぞろぞろと連んでいる姿は、見苦しいにもほどがある。食事の時など、皆並んで餌を出されているようなものだ。団体旅行は、楽しくないと同時に美しくないのである。


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   ひとり旅は、それはもう気楽である。どこへ行くのも勝手気まま。時間に制約されることもなく、他人の都合に合わせる苦痛は一切ない。行きたい時に行きたい場所へ行き、食いたい時に食いたいものを食う。常に予定は未定、変更ありが前提である。

 

   寂しくないかと言われれば、そりゃあ寂しい。特に、目の前でアベックがイチャイチャ、えっ?カップル?・・・何を言うか、アベックでよろしい。コホンッ。アベックがイチャイチャ始めた時など、男の後頭部をサランラップの芯でどきつ回したくなる。そう、金属バットで殴る勇気はないが、まあしかし、それは日常生活の根本的部分が異常を来している私の場合、旅先に限ったことではないから、何とも言えない話である。感動を分かち合える同伴者がいたほうが良いに決まっているが、気楽さには敵わないのである。

 

   怖くないかと言う人もいる。が、今までホールドアップのような危険に遭遇したことは一度もない。持ち前の気の小ささが功を奏す。私と付き合った女性なら、皆知っている事実である。危険な所には行かないことだ。よくしたもので、ひとり旅を重ねると、ヤバイ場所の空気やヤバイ人が分かってくる。ここから先は進まない方がいい、こいつには近づくなと、鳥肌が教えてくれるのである。若い人にひとり旅を進める理由のひとつは、これである。これは、経験でしか鍛えられない。

 

   もちろん、ひとり旅も良いことばかりではない。どうしてもパッケージツアーに比べると旅行代金は高くなる。これは、割り勘ができない分、当たり前のことだと諦める他ない。

 また、ひとり旅だと食事が貧弱になる。韓国では鍋や焼き肉を食いたくなるし、台湾に行けば本格中華が食いたくなるが、ひとりでは値段も量も適さない。コース料理の店も入り難いし、結果としてファーストフードやチープな食堂系になる。その分、食事代は安く済むので良しとするしかない。

 

   ひとり旅では、文化や習慣による勘違いや言葉の壁による失敗は、それなりに多いが、誰かに迷惑をかけることも、責任を取ることもない。全ては自分ひとりの問題であり、また、その失敗こそが旅なのである。その失敗こそ楽しいのである。

 

   今やネットの普及とLCCのおかげで、格段に海外へ行き易くなった。航空券からホテル、現地のチケットまで、全ての予約が最安値で旅行前に完了する。安易に旅行代理店に任せず、全てを自分でやってみると色んなことも見えて来る。ひとり旅をすべき時代なのである。

 

   ただし、若くて美しい女性の場合は、さすがに問題がある。そんな方に限り、私が相談に乗ってあげよう。場合よっては同行してあげても良い。私なら、サランラップの芯で後頭部を殴られても、振り向いて笑顔を見せられる大人なのだから、安心なのである。

 


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2017/05/29

アカウント乗っ取りに関するお詫び

 それは、日曜日の朝、始まった・・・。acebookのメッセンジャーというアプリで、「今忙しい?」というメッセージが私の「友だち」約60人に、次々と送られた。もちろん私は全く知らない。送られた方は、当然、岩村から来たメッセージだと思う。私の知らないところで、私になりすまし、私の友だちに話しかけるのである。

 

 私は、呑気にブログの原稿をパソコンで書いていた。acebookは、いつも手持ちのipadで使用しているのだが、当然、用のない時はそこいらに放ってある。携帯電話はガラケーで、たまたま電池切れで、滅多にかかることもないので、そのままオフにして充電していた。

 

 異変に気付いた友だち数人が、電話をくれたり、ショートメールをくれたりしていたようだが、気の抜けた日曜の朝である。そんなたいへんなことになっていようとは夢にも思わなかった。ところが、原稿を書き上げ。ふとipadを開くと、なな、なんじゃこりゃ!?と思わずジーパン刑事なみに声を上げるほど驚いた。メッセージが山ほど届いている。

 

 

 

   中身を見ると、送った覚えのないメッセージがある。明らかに異常だ。続いて、acebookを開いて見ると「岩村さん、ダメだよ、アカウント乗っ取られているよ!」と「友だち」が警告してくれている投稿が見つかった。ヒヒョ、ヒョエー!である。と、とりあえず、どうすりゃいいんだわしゃ?と狼狽える私。解決策のリンクを貼ってくれていた「友だち」がいたので、慌てて読むと、ズバリのことが書いてある。手口はこうである。

 

 「今忙しい?」

何らか応えると次のメッセージが来る。

 「私のLINEが故障、友達からの認証が必要ですから、携帯電話番号教えてくれる?」

携帯番号を打ち込むと、さらにメッセージが。

 「携帯には4桁の暗証番号が届いていますか?」

暗証番号を伝えると、続いて

 「LINEのID教えて下さい。」

 

これに返事をするとアウト!今度はそのIDを使って買い物をし、現金化を目指すらしい。

  

   このやり取りを、途中でおかしいと思う人がほとんどで、私になんとか連絡を取ろうと努めてくれたり、ヤバイからとりあえず放っておこうとした人ばかりだったのだが、残念ながら、ここまで行きついてしまった人が1人いた。

  

   外ならぬ、りゅうちゃんのお願いなのである。信頼して有り余る徳を備えた岩村さんである。困っているなら喜んで助けようではないか・・・そう思ってくれたに違いない。こういう立派な方を、まんまと引っかかった奴などと思ってはいけない。仮に、Iくんと呼ぼう。素直は、素晴らしい人格であるのだ。Iくんこそ、最も信頼できる友だちなのである。

   

   だが、さすがのIくんもIDと聞いて、やっとおかしいと気が付いたようである。同時に「やっちまったか、オレ」という事実を確認するため、私以上に七転八倒したらしい。私からの電話が繋がった時には、粗方の処置は済ませた後だったようだが、自分がしでかしたことでないにせよ、原因は私にあることは間違いない。被害がなければ良いが。

  

   それにしても、日曜日の朝、「今忙しい?」と私に聞かれ、対応は人それぞれだった。残されたメッセージを見るとよくわかる。忙しいと答えた人、暇だと答えた人、速攻折り返し電話をくれた人、何かあったのかと心配をしてくれた人、元々、メッセンジャーというアプリを遣っていない人もいたし、こいつ無視したなという人もいたのだが、日頃の人間関係の上に成り立っているやりとりである。面白いと言えば不謹慎だが、興味深いものであることは事実であった。

  

   この手の「なりすまし」は様々な手口があるらしい。少し前、Hくんから「レイバン買わないか」と偽メールが来て、ひどく失笑したことを悔やんでいる。私は、ばちが当たったのだ。もう人を小馬鹿にすることは決してすまいと天に誓ったのである。

 

 いずれにしても、多くの皆様にご心配とご迷惑をおかけし、心よりお詫び申し上げます。この上は、乗っ取られないようセキュリティ対策をいたしますので、何卒、ご容赦下さい。

https://www.facebook.com/help/213481848684090?helpref=about_content

2017/05/26

朝食のおぼん

   これまで私が訪れた旅先を思い出してみよう。トランジットは除くとして、韓国、台湾、サイパン、グァム、香港、バリ、シンガポール、タイ・バンコク、インド・ムンバイ、ドバイ、ケニア、モルディブ、エジプト、チェコ、オーストリア、ハンガリー、ジャマイカ、オーストラリア、ニュージーランド、そして、アメリカ・・・なんか自慢げに聞こえるか?しかし、まだ肝心なところが抜けている。世界制覇を目指さねばならないが。

 

    まずは、不動の日本人渡航先人気NO.1ハワイ。日本人なら誰もが行きたいと言い、誰もが感動したと言って帰って来るハワイ。だから私は避けて来た。成金の聖地、俗物の権化、正月明けに芸能レポーターがホノルル空港で必ずやるアレを見ていると、反吐が出る。あそこへ行けば“勝ち組”という感覚が大嫌いでなのである。

 

   また、海外旅行の本丸、ヨーロッパにも行ったことがない。あの気位の高い人間も街も好きになれない。イギリス、フランス、イタリア、スペイン・・・かつて世界中に植民地を広げ金銀財宝を奪った強盗どもが、何を威張ってやがんだいと思う。あいつらに尻尾を振って、やはり歴史が違いますなぁとは、口が裂けても言いたくないのである。

 

   しかし、やはり食わず嫌いはいけない。ワイキキビーチには興味はないが、自然が織りなす景観は素晴らしいものだろうし、ヨーロッパは確かに世界の中心だった時期がある。食ったことのないものを批判できないのと同様、行っていないところの批判はできないのである。一度は行かねばなるまい。まあ、本意ではないが、そのうち行ってやるから待っていなさいである。

 

   ところで、海外へ行くと当然のことながら日本が見えて来る。日本では当たり前ことが、海外ではそうでないことは多い。それは、恥ずかしいと思うこともあり、素晴らしいと思うこともある。

   岐阜市在住 Kさんの朝食

 岐阜市在住 Kさんのある日の朝ごはん(写真は本人に無断で使用しています)

 He says. I do not believe in "ToushituSeigen"

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”THE FUJI TOWER”is SAMURAI breakfast. 

 

 日本のホテルの朝食は、今やほとんどがブュッフェであるが、海外のそれと大きく違うことがある。海外から来た旅行者は皆驚いていると思うのだが、それは「おぼん」の存在である。世界中どこを探しても、それが置いてある国はない。海外では、小さな皿に少しずつ料理を取り、何回も皿を替えて食べる。ホールのウェイターは、素早く皿を下げるのが仕事である。逆に日本人は、複数の皿を一度に並べ食べたがる。だから、おぼんが便利なのである。間違っても海外に行って、おぼんが無いと文句を言わないように。ただ、便利は便利だから、そのうち海外でも利用される日が来るかも知れない。

 

   海外と日本との差で一番驚くのは、水回りではないかと思う。日本の水、そしてトイレとお風呂は、間違いなく世界一である。水道水が飲め、トイレはスムーズに流れ、どこでも非常に清潔である。ケツの穴までシャワーしてくれるサービスなど、海外ではあり得ない。また、バスタブがちゃんと付いていて、飲める水でシャワーを浴びられる。外国の人にとっては、ミネラルウォーターでシャワーしているようなものである。逆に、日本人が海外に行くと、水回りへの覚悟が必要であるとも言える。シャワーの勢いが足りないぐらいで文句を言うやつは誰もいない。シャワーが出るだけありがたく思え、なのである。

 

 そのほか、“コロコロ付スーツケース”や“どこでもビール”など、日本ではポビュラーなことが世界では通じないことは実に多い。文化や習慣の差からくる違いは様々あるが、どこへ行っても日本人として堂々としていれば良いと思う。もちろん、郷に入れば郷に従えというのが日本人の素晴らしいところではあるが、何もへりくだって迎合する必要はない。日本の常識の方が優っていると胸を張るべきである。だって、サムライなのだから

2017/05/22

旅に出なさい

 かなりのハイペースでブログをアップしているのだが、実は月8本という目標を掲げた。また、一度の記事は1600字を基本とすることも同時に決めた。予てより「あんたのブログは長い」という批判を受けていたのだが、400字詰め原稿用紙4枚のどこが長いのか。これぐらいのボリュームがないと訓練にはならない。なにせ、こちとらプロの“物書き”を目指しているのである。こういうと大体、目の前の人は「痛い人」を見るような表情をするが、本人は至って真面目なのである。作家面してザギンのブークラでおねぇちゃんに囲まれご満悦、完璧な成功イメージは、とうに出来上がっている。あとは情熱と努力と運だけである・・・そう、だけ、である。

 

 さて、旅の話を書きたいと思う。私は50歳を過ぎて、趣味と呼べるものを持たずにいた。好きなことをして生きて行くと決めたのに、これというものがない。仕事だけしていれば楽しいのだが、もうひとつアクセントに欠けるだろう。趣味は片手間にやるものではない、命を懸けてこそ趣味と言えるのだと強引マイウェイの師匠に教わり、命はさておき、その通りだと思った。自分を顧みると、旅しかないと思えた。以降、旅をライフワークとすることにした。仕事と旅と、そうして生きて行こうと決めた。大概、ひとり旅である。帰って来て、どうだった?と人に聞かれるが、どうも説明が面倒くさいし、第一伝わらないだろう。だったら、このブログで紹介しようと思った。写真を簡単に載せられるのは、実に便利である。

 

 また、このブログを通して、若い人たちに旅に出ることを進めようと思っている。見るもの聞くもの感じるもの、全ては自己の感性で受止めるものだから、旅に出るなら敏感な若い時のほうがいい。吸収力も強い。外へ出れば、自分は何者かという問いに答えが見つからないまでも、なんとなく今自分が立っている位置ぐらいは掴めるだろう。何かに迷っているいたり、何をしていいのかわからないというのなら尚更いい。とにかく若いうちは、出来るだけ旅に出ることだと思う。

 

 私が自らの意思で、初めて旅と呼べるものに出たのは、19歳の春である。1ヶ月ほど、大学の友人と二人でアメリカに出かけた。当時はまだ1ドル250円の時代であった。成田とロサンゼルスの往復航空券が、29万8千円だった。高卒初任給が約7万円の頃の話である。旅行費は、1年以上のバイトで貯めた全財産を吐き出しても足らず、親の援助を受けての旅行だった。今思えば、絵に描いたようなドラ息子だったが、まだ、お金の価値もわからない子供だった私は、商売が順調だった父親の脛をかじることに遠慮はなかった。今さらながら感謝である。

 

 成田からロサンゼルスに入り、サンフランシスコ経由で飛行機とバスを乗り継ぎ、東海岸に渡った。中学時代の同級生がいるボルチモアが最終目的地だったが、行く先々で見るもの全てが新鮮で、驚くことばかりだった。特に、グランドキャニオンの見渡す限りの渓谷やエンパイアステートビルから見たニューヨークの夜景には度肝を抜かれ、感動というより、怖れのようなものを感じた。ディズニーランドの空気はそれまで吸ったことのないものだったし、サンタモニカの海岸には知らない風が吹いていた。我々を汚い犬でも見るような白人には何人も出くわしたが、近寄るのも憚れるような黒人には親切な人が多かった。直進しかできないようなリムジンも、身長2mを超える物乞いも、そこでは珍しいものではなかった。こんな国と戦争して、勝とうと思った国があるとは、とても信じられなかった。

 

 

 

 

 海外へ出て、「国」というものを初めて意識させられた。それまで意識したことなどなかったが、私のパスポートは日本のものではなく、韓国政府の発行したものだった。そして、パスポートの色の違いは、国力の違いを如実に反映するものだと思い知らされた。イミグレーションでそれを差し出すと、日本人の倍の時間がかかった。鼻くそのような旅行者でさえも、自国の力を感じた、そういう時代であった。

 

 現在、日本のパスポートは、世界最高の通行手形である。若い人たちは、その幸運をまず体感すべきであると思う。世界中の人たちが羨ましがるパスポートを持って、さあ、出かけなさい。行先はどこでもいい。その国が、今戦争さえしていなければ、入国を断られることはない魔法のフリーパスを、あなたは持っているのである。

 


2017/05/20

多動性症候群の大人たち

  なんだよ急にブログ書きだして・・・だから言ったでしょ、アフィリエイトなんだよ。どこかの金融機関と同じく、「実績」積み上げないと審査に通らないらしいから、取りあえず記事を増やすしかないの。こちとら現金目的ではないので話はややこしくて、ANAの陸マイラーキング目指すしているもんだから、現金じゃなく報酬をマイルでもらうには、たったひとつのアフィリエイトサイトしかないんですわ。つまり、そこの審査が通らなかったらワシの野望は木っ端微塵になるわけなのです。まあしばらくハイペースで行くから、皆さん喜び給え。

 

  さて、九州から戻って来て、意図したわけではないのだが、ここのところ色んな人と会い、話をする機会が多かった。直接会うのは半年ぶり以上の方ばかりだったが、話を聞いていると、私の周りは、じっとしていない人がいかに多いかと改めて気が付いた。類は友を呼ぶというのだろうか、半年も会わないと必ず何か新しいことを始めている。もちろん失敗例も多いのだが、皆、思考はプラスにしか働かないらしい。おかげで九州惨敗の私は随分と救われた。「そうかあ残念だったなあ~」と同情している素振を一旦は見せるものの、続いて出くる言葉は「いい勉強になったな。で、次は何するんだ?」と話題は未来へと移る。よく言えばチャレンジャーだが、「私の周りの懲りない面々」、昔売れたベストセラー本のタイトルのようである。

 

 さて、私の小学生の通知表に、一年生から六年生まで、必ず書かれているひとことがある。もちろん先生は違うが、私を見た全ての先生が、例外なく同じことを感じたということである。そのひとこととは・・・「落ち着きがない」というものである。いやいや、落ち着きのある子供のほうがおかしいでしょう。大体子供は元気に飛び跳ねているほうが自然なのだと今でも思っている。落ち着き払ったジジイのような子供のどこが可愛いというのだ。ところが現在では、それを「多動性症候群」と呼び、発達障害のひとつに数えられるらしい。次の3つの症状あると多動性障害と診断されるという。その3つとは・・・「集中力がない」「じっとしていられない」「考えずに行動してしまう」・・・え!?それが障害!?明らかに私は、ど真ん中である。

 

 もちろん、障害だと診断されるには、授業を中断させたり、手に負えない事件を起こしたり、その限度が問題なのだろうが、それが個々の教師の主観によるものなら、ボーダーは相当怪しい。曖昧なボーダーで、障害だ病気だと宣告された子供の心境を想像すると胸が痛む私なのである。


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 最近つくづく思うことなのだが、生まれ持った性分や性質というものは、努力ではそうそう変えられないものである。必ず人それぞれ違う特徴を持っているものだが、それが健全な社会を創る要因であり、生物の種の保存の使命を果たす不可欠なものであることは間違いのないことである。誰が創ったのかは知らないが、そう創られているのである。つまり、多様性は人類繁栄継続の基である。それぞれの性質を伸ばし、役割を受け使命を全うすることが、すなわち人が生きることなのだと思う。

 

 だから、自分の性質に会わない仕事をするほど馬鹿らしいことはない。嫌々やって良い仕事ができるわけがないのである。つまり、人は自分の好きなことをしてさえいれば良いということになる。収入とか勤務条件とか安定とか考えるからおかしな社会になるのである。自分の好きなことをして人様の役に立つ、これこそ素晴らしい人生を過ごす奥義なのである。

 

 私を含めた多動性症候群の大人たちは、今日も「起業家」として「経営者」として、社会の一端を担っている。懲りるはずがない、好きなことをひたすらしているだけなので、楽しくてしょうがないのである。失敗したって止められない。さあ、次行くぞー!・・・それでいいのだ!


2017/05/19

多治見タクシー身売り

  世間にとっては、誠に小さなニュースだが、岐阜県のタクシー業界に激震が走った。もちろん私も、一瞬サカナくんになった。ギョギョギョ!である。

 

 西濃運輸グループの一員である大垣のスイトタクシーが、多治見タクシー、可児タクシー、新太田タクシーの3社を買収したとの報道がされた。この3社は、岐阜の日本タクシーの子会社で、配車センターを可児市に置き、統合営業をしていたのだが、車両保有台数岐阜県最大の日本タクシーグループによる売却だけに、首を傾げる点もある。また、スイトタクシーにとっては、隣接区域ならともかく、大垣拠点で営業区域が飛び地となるから、メリットがどこにあるのかよくわからない。まあいずれにしても、両者の思惑が一致したことに間違いはないので、部外者がどうこう言う問題でもないとは思うが・・・。

http://ma-times.jp/51127.html

  

 タクシー業界では、古くから同業者間の買収が頻繁に行われて来た。法規制により「交通圏」という営業区域が定められており、増車や新規開業も簡単にできないことになっている。区域、台数とも規模拡大を目指そうとすると、営業許可と車両を持つ会社を買った方が早いのである。この3社も、元は別の会社で日本タクシーが順次買収をして来たものである。

 

 一般的に、売却する側の理由は、不採算によるものや、後継者がいないという事情によるものが多いが、実は経営者の精神的疲弊というものも少なくない。運転手とのやり取りに疲れちゃうのである。よかれと思って色々と努力していることにグスグス文句言われて、こんな儲からん仕事で「やってられるかぁ!」となるのである。同じ経営者として、気持ちは良くわかる。運転手さんは、辞表を叩きつけて他社へ行けば、余程のことがない限り、仕事も収入も同じ条件で勤められるだろう。ところが経営者はそうはいかない。街中で他社のタクシーに乗った元社員とすれ違う度、心は疲弊して行く。年中無休のオールナイト営業で、気の休まる暇もなく、同年のサラリーマン管理職より給与も安いとくりゃ、止めたくなるのも当然である。そして、辞表の代わりに株券を他社に差し出すのである。

 

 さて、そうはいうもののタクシー業界の買収は、悪いことではないと私は思っている。車両台数10台未満の会社が、法人タクシーの7割を占めるという事実は、あまり知られていないことだが、市場が縮小し、大きな変革を求められる時代には、やる気のない小さな会社は、はっはり言って邪魔なのである。経営意欲のある経営者が、スケールメリットを生かし経営して行った方が、お客様のためにも有効だろう。実は、国の思惑もそうであり、施策もそちらに向けてある。端的に言うと、事業者の数を減らしたいのである。ITを「いとうたかしさんのことですか?」と言うような経営者は、斬り捨て御免なのである。

 

 そういえば、当社に驚くDMが届いたことがある。「あなたの会社売りませんか?」とある。差出人は、聞いたことのない経営コンサルタントの会社名が記されていたが、よくよく見ると、全国最大手のタクシー会社の名前が頭に浮かぶものであった。M&Aの持ちかけをDMでするなんて、他の業界ではあり得ないことだろう。「借入金があってもOK!」「取締役として残ることもできます!」なんて優しい言葉も並んでいる。果たしてこのDMの効果がどれほどのものなのか知らないが、辞表を叩きつけた社員の背中を見送りながら、このDMを開いたとしたら、ついつい電話に手が伸びるかも知れない。

 

 かくいう私も、会社売却を考えたことがないわけではない。正直言うが、経営的にも精神的にも楽になることは間違いないと思う。しかし、創業時の想い、支援してくれた方々のこと、そして一番は、頑張ってくれている社員のことを思えば、そうたやすく人手に渡すことはできない。会社という法人は「人」だから、なんとなく生きているものではない。意志があり目的があり性格もある。この「志」を引き継いでくれる買い手は、この業界にはそうそういないだろう。

 

 ただ、未来のためにはM&Aは検討のひとつとなる。なら、買い手に回るか。実は、多治見に買いたい会社がひとつあるのだが、あの会社、いくら出せば買えるのだろう。DM、送ってみるか。

 

 

2017/05/18

ソフトバンクの出資

 眞子さま、ご結婚おめでとう!のニュースで、俄然注目を浴びたお相手の小室さん。「小室さん、緊急記者会見」というテレビの見出しに、「ありゃ、小室哲哉、またやったのか!」とつぶやきながら華原朋美の乗馬姿を思い出した私だったが、イケメン品行方正の小室様に大変失礼したと心の中で謝罪した。それにしても、こういう完璧な若者が世の中にはいるんだと感心するのだが、真逆の所を歩き続けて来た私は、なんだか溜息をつくしかないのである。

 

 こういった明るいニュースばかりならいいのだが、先日、タクシー業界を震撼させるニュースが報じられた。ソフトバンクが、中国の配車アプリ会社である「滴滴出行」(ディディチューシン)に、約5500億円を出資したというのである。5500円ではない。五千五百、億円である。日本のタクシー事業者が365日24時間オールナイトで汗水たらして稼ぎ出す年間総売上が、約1兆7千億円。実に、その3分の1にあたり金額をポンッと出したのである。ソフトバンクいくら銭もっとんねん、アホちゃうか!?と突っ込んでも、自分が悲しくなるだけである。しかも、潰れたらパァ。アホちゃいんまんねん、パァでんねん。ゆーてる場合ちゃうって。

 

 昨年、この滴滴は、国内のライバルであったアリババ傘下の「快的打車」と合併を果たし、中国に進出して来たUBERとも資本持合いで“手打ち”を行なって、中国市場では独占的立場となった。なんだか、あっちの方の話みたいだが、時価資産約7兆円となって、UBERと肩を並べるに至ったのである。

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 思い出せば一昨年、アメリカでUBERに次ぐNO.2の位置にあると言われた「Lyft」に楽天の三木谷さんが360億円出資して大騒ぎとなった。今思えば、鼻くそである。ケツのアナちっちぇっ!である。あのトヨタでさえ、非公開としているがUBERに出資したのは、数十億ドルと言われている。まあ、こちらは元々セコイことで有名な三河の田舎企業だからしょうがないが、やはり今回の5500億は、異様に見える。ソフトバンクは、何を基準にしているのか、思惑は何なのか、まあ聞くまでもなく、自動運転車を睨んでのことであろう。

 

 人が運転している自動車をAIが運転するようになるとどうなるか。わざわざ車を買うことなく、車をシェアリングするだろうと予想されている。さらに、乗合にすれば移動コストは格段に節約できるので、自動車の数も減るだろうと考えられている。個人で自動車を購入し、車庫に入れ保険に入り、時には洗車して給油して、いざという時には責任の一切を背負うアホらしい買い物を誰もしなくなるということである。

 

 自動運転が実現すれば、とてつもない変革が起きるのは間違いないのだが、その開発の先頭を走っているのは、自動車メーカーではなく、あのグーグルなのである。日本でも勢いよく突っ走っているのは、DeNAである。果たして公道を自動運転車が走り回るのはいつなのか見当がつかないのだが、専門家の大方の見方は、20年後だという。

 

 この自動運転の時代になくてはならないものが、自動配車システムなのである。今はスマホだが、20年後には何でクルマを呼ぶのか予想がつかない。ひょっとしたら、頭に思い浮かべただけで、無人のクルマが目の前に停まるのかも知れない。

 いずれにしても、とてつもない産業の変革が起こり、世の中が劇的に変わる。それを見越しての5500億なのだろう。なにせ、日本国内だけでも6千万台の乗用車が動いているのである。配車手数料だけで天文学的数字となろう。

 

 20年後か・・・生きてないかも知れないな。でも、見たい気もする。しかし、もし幸運にも見られたとしたら、引換えにタクシーの断末魔の叫びを聞く覚悟が必要となるのだが・・・。

 

 

2017/05/13

ブログの行方

 申請したアフィリエイトの審査に即日、というより3時間で落ちた。「審査には1週間~1ヶ月ほどお待ちいただくことがあります」なんて説明書きがあったのに、ゴングが鳴った瞬間に一発KOである。やはり人格か、いや、あのことがバレているのか、してはいけないことばかりして来た人生だからなぁと、ついつい反省してしまったが、いやいや、そんなはずはない。よくよく調べてみると、どうやらブログの実績が問題らしい。つまり、記事がひとつしかなく、誰も訪れていないようなサイトは、入口にも立てないという話だ。それならそうと言ってくれればいいものを、素人は混乱するのである。飽き性かつ怠け者の私は、この時点で、もうどうでもよくなってきているのだが、そうだ貧乏人と金持ちの差はここなのだ。金持ちはとにかくしつこい、執念深い。貧乏人はスグ諦めるから貧乏人なのである。よし、実績を積もう。何をどうしていいのか、さっぱりわからないのであるが、とりあえずは続けることだろう。

 

 ブログの再開をfacebookで告知したら、以前から私のブログのファンだと言うY・Mくんが、「待ってました」と書き込みをしてくれた。誠にうれしいことなのだが、期待に応えなければと少しプレッシャーがかかる。彼の期待については、明確に想像がつく。笑わせろというものだ。そう、私に笑える文章を書けというのである。しかし、こちとら純文学の人間である。え?いつからだって?生まれつきだよ。いいじゃないか本人が言っているんだから。とにかく、人を笑わせる文章など得意としていないのだよ、キミ。ただまあ、人気商売だからね。できるだけ努力はしてみよう。

 

 ライバル会社のある方にも、ファンだと言われたことがある。「しゃちょー、楽しみにしてますよ」って、ニカァと笑われた。この方の期待は、当社の手の内を見せることなのだと思う。次々におかしなことばかりするタクシー会社だから、次は何するんだろうと気になるのだろう。社内には極秘だと言いつつ、ブログで書いちゃうんだからどうしよもないのだが、そもそも秘密なんて成り立つわけがないからいいのである。これは今後も期待に応えられそうである。これは、調子に乗るだけのことである。まあ、書ける。

 

 以前、月とか星とか、そういう類の話を書いたら、ある女性からメッセージが来た。「そんな一面もあるんですね、意外でした」って、そーか惚れたか、俺は元々ロマンチストなんだぜ、うお座だからな。いいのである、うお座はロマンチストだと相場は決まっているのである。しかし、こちら方面の期待は、お笑いより難しい。日々の暮らしの中で、癒し系や恋愛系の出来事なんて、ほとんどないからな。書くのであれば、フィクションである。まあこれもいいか、時折、挟んで差し上げよう。

 

 さて、このブログのタイトルだが、サイトが変わるのを機に、新しいものを付けたいと思ったのである。せっかくなら「龍」の字を入れてみたいと思った。そこで、まず思い浮かんだのが「龍ちゃんの小部屋」である。どうしよもないセンスの悪さ、ベタベタじゃないか。なんかこう大人の雰囲気があって、知的で、きちんと意味のあるもの・・・四文字熟語で「龍」の字が入ったものが何かなかったっけ。臥龍・・・ああ、あれは桜か。昇龍・・・ドラコンズかよ。何か良いものは、というわけで画龍点睛である。端的に言うと、最後の仕上げが肝心という意味である。わしにピッタリではないか。仕事も人生も、そろそろ仕上げの時である。どこにどう点を打つか、今、考えねばならぬ時である。残念なのは、この熟語、「龍」を「りゅう」とは読まず「りょう」と読む。「がりょうてんせい」と読むらしい。まあ、坂本龍馬と同じだからいいか。というわけで、このブログのタイトルが決まったのである。 

 皆さんのご期待に応えられるよう、精進して参る所存である。

2017/05/12

ブログ開設のわけ

 人生には様々な坂があるけれど、時に「まさか」という坂に出くわすことがある・・・なんて、自己啓発セミナーの講師が言いそうな文句だが、ここ数ヶ月、その「まさか」に振り回されて、ブログの原稿も手に付かなかった。あしたのジョーが燃え尽きたように、「きのうのりゅうちゃん」は、何のやる気も起こらず、ただ廃人のように、ポヤンとした日々を過ごしていたのでした。って、元々怠け者だから、どういうことないか。

 

 実は、随分と前から、コミタクのホームページのリニューアルの話があり、ついでにブログも変えちゃいましょうと意気込んだものの、頼みの業者さんが一向に手を入れてくれず、ここ数ヶ月、どちらも固まったままのクローズ状態。何か事故でもあったなかい?と勘違いされそうな感じだが、確かに発注したんだけどなあ。そーだよ、お前のことだよ、そりゃ儲からん仕事かも知れんけど、頼むよー!まあ、これで多少は早まるだろう。コホン。  

 

 いずれにしても、そういうわけで、公式ブログが改訂されるところ、いつまでも私的なつぶやきを創業者面して書き込むわけにもいかず、この際、自分で作ってみるかと、このブログを立ち上げた次第です。  


 ついては、このブログは、コミタクの公式ブログではない。したがって、責任は私個人にあるし、その内容についても、従来よりも私的な色合いが強くなるはずである。ただ、私の私的って、ほとんどが放送禁止用語レベルだから、書けないことのほうが多いのかも知れないが、テーマを「経営者として」「一般の中年親父として」、そして「旅について」と、大まかに3つのカテゴリーに分けて書くことにする。  


 そして、もうひとつ、大きな目標がある。ネット方面には疎い私なので、最近知ったことなのだが、アフィリエイトなるものがあるという。早い話が、自分のブログに広告バナーを貼付けて、そこから誰かが商品を買ってくれるとバックマージンが入るというしくみらしい。ほう、貧乏人の私にとっては渡りに船、目玉焼きにソースである。え?醤油だろうって、馬鹿言いなさいソースでしょって・・・そんなことは、どーでもよろし。  


 これまで、わしのブログなんぞ、誰が見ていようが、何人見ていようが、一向に気にならなかった。サボると特定の人に叱られていたし、書きたい時もあったので、ただなんとなく書いていただけであるのだが、目標ができるというのは素晴らしい。俄然やる気になるではないか。もちろん、読んでくれた人たち全員が広告バナーから何かを買ってくれるというのはあり得ないが、それは読者数に比例するだろうし、銭が発生すれば、責任というものも出て来るのだろう。しかし、馬にニンジン、貧乏人には小銭である。まあ、自分の中で大義名分が立つというものである。  

 

 ところが、色々と勉強しているとアフィリエイトを載せるにも「審査」があるということを知ったのである。いったい何を審査するというのだ。人格か?資産か?両方とも持ち合わせていない私は、まさかそんなことはあり得ないだろうと高を括っているのだが、何かそういう類のブラックリストみたいなものがあるのだろうか。思想が凝り固まった危険人物とか、存在自体がテロのような人間・・・私の周りに確かにいるが、そういえばその人のブログにはアフィリエイトは貼られていない。そうか、あの人は審査に落ちたのか。私のところに返事は未だ来ていないので、今、とても気味が悪い状態である。  

 

 今回のこのブログ、週に1回は書き込もうと思う。また、1回当たり1,600字に揃えたいとも思っている。そう、一年ほど貯めて、めでたくエッセイ本の出版である。間に小説でも出せば、印税生活はスグそこである。いやいや、無理だと思えば無理だし、できると思えばできるもんである。  

 まあ、そうゆーわけなので、皆さん、応援してくれ給え。よろしくお願いしたい。


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