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2017/09/17

大阪のスーパーの総菜と陳列棚

 暑い暑いが口癖となっていたのがウソのように、朝晩涼しい風が部屋に吹き込んでくるようになった。世の中がどうあろうと、自然は忠実に季節を巡らせる。あっという間に襟を立てることになるのだろうが、季節を感じないような暮らし方はよそうと思いながら、世知辛い流れの方に引き込まれている。何がそうさせるのか。残念ながら私には、まだまだ降りる勇気も捨てる勇気もないということなのだろう。

 

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 大阪で立ち上げる事業が、いよいよ本格的に進んで、先日、新入社員8名を迎えて研修を始めた。驚くことに、求人募集には80名を超える応募があり、50名を超える方と面接をし、10名の方に採用通知を出したのであるが、2名が入社辞退、1名が研修初日に「私には合わない」と言って帰って行った。競争率10倍の難関を潜り抜けたというのは数字だけで、我々には見る目が全くないのか、入社辞退が3割ということになる。人それぞれ色んな事情があるのだろうと、物分りのいいふりをしないとやっていられないが、正直、ええかげんにせい!という感情を持ったことは否めない。もちろん、我々に欠けているものもあるのだろうが・・・。

 

研修  

 

 “働き方改革”などと言って、この国は本当に大丈夫なのか。隣国ではミサイルをぶっぱなし続け、彼の国では札束を懐に巻いて買い出しに来ているというのに。なんともやるせない気持ちになる。働くことは楽しいことなのに、いつの間にかおかしなことになっている。労働者の権利もいいが、権利よりもっと大切なものがあるだろう。しかし、こうして口を開けば、また誰かが突っかかって来るからやめよう。価値の分からない者に価値の話をしても、面倒くさいだけで何の意味もない。いかん、愚痴っぽい話になってしまったな、話題を変えよう。

 

 さて、住んでいるアパートの徒歩圏にコンビニがない。飲食店も皆無だから、車で出かけて、スーパーで総菜を買って帰る生活となっている。イオンもイトーヨーカドーもないから、地元資本のスーパーである。まあ、スーパーといえば日本のどこでも同じようなものが並んでいるのだが、やはり地域ならではの特徴がある。大阪のスーパーの総菜コーナーには、驚愕の天ぷらが売っている。まずは色に驚く。まっ赤なのである。赤いてんぷらと言えば、思い出すのはカニカマぐらいだろうが、ご当地大阪では、紅ショウガなのである。紅ショウガと言えば牛丼である。次に思い出すのは豚骨ラーメンぐらいか。いずれも細く切り刻んであるのだが、ここの紅ショウガは、そのままズドンである。こ、これ食べるんですか?などと地元の人に聞けば、ボケカスの嵐を浴びるので怖くて聞けないが、どうやらうどんの上に載せるのがポピュラーらしい。うまいまずいは置いておいて、私としては何故そんなことに至ったのか知りたいものだが、それが当たり前の人たちには疑問になりようがない。うどんと紅ショウガ天はお友達という事実がここでは全てなのである。

 

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 だしのコーナーに行っても、ご当地以外の人は違和感を持つだろう。いわゆる醤油ベースの「つゆのもと」、そう、あのペットボトルに入った万能調味料である。そば、うどんのスープだけでなく、煮物、炒め物、和え物、全てにマッチングするウルトラ優等生調味料であるのだが・・・極端に少ない。しかも、どういうわけか小瓶ばかりである。その代わり、中央にドカンと山積みにされているのは、箱に入った粉末スープである。そう、知る人ぞ知る「ビガシマル」なのである。横綱、いや王者、いやいや支配者である。支配者は、他の小瓶を見下ろしながら「自分ら、わかってんか?ここは大阪やでぇ」と睨みを利かせている。恐るべきことに、「ヒガシマル」の箱には、そばのその字も書いてない。あくまで、うどんのための粉末スープなのである。それは、江戸のそばなど眼中にないという意思表示なのだ。「そばってナニ?食いもんけ?」と鼻くそのような扱いなのである。比べて、うどんは関西のソウルフード、頭に「お」を付けるほどの信奉心である。「おうどんはだしが命やなあ」とにんまりしながら、お湯で溶かした粉末スープをすすり、真っ赤な天ぷらをガブリと口にしてこそ大阪人なのであろう。

 

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 と、味噌コーナーの陳列棚を見ると、なんと見慣れた小さな箱がポツリと置かれてあった。あ、赤だしである。そう、名古屋は大阪の敵ではないのだ。「東京は嫌いやけど、名古屋はどっちでもええでぇ」という大阪人ポリシーがスーパーマーケットの陳列棚を通して、堂々と発揮されているのである。もちろん実際に買う人は一部のマニアだけであろう。しかし、置かせてもらっているということに大きな意味があるのである。

 

 「ほう、岐阜から来てるんけ、遠いとこご苦労さんなこっちゃな。しゃーけど自分らええなあ、スキーめっちゃうまいんやろ?」とある人に言われて苦笑いをした。岐阜は眼中どころか、右足の小指の爪の3mぐらい先にある存在らしい。この人には、できるだけ早いうちに「自分、おもろいなあ」(=「同じ戦士として認めてやろう」の意。)と言われてみたいものである。ただ、発音の悪いにわか仕込みの関西弁だけは、しゃべらない方がいいらしい。その瞬間、宣戦布告状態となるという。郷に入れば郷ひろみ。・・・まだまだ、あかんな。

 

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2017/07/19

未来シェアへの想い

 沖縄から東京出張を挟み、函館に行った。25℃と表示されていた街頭のデジタル表記を見て、北から南へ弓なす島々で構成するこの国は、決して小国ではないことを実感する。できることなら夏はこちらで過ごしたいものだと思う。食いもんはうまいし、おねぇちゃんはキレイ・・・ん?気のせい?そんなことはなかろう。

 

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 縁あって、昨年からベンチャー企業の立上げに携わっている。母体が公立はこだて未来大学ということもあり、本社を函館に置いた。AI技術を使った完全自動かつリアルタイムに乗合配車を行なうシステムを普及させ、地域公共交通の効率化により、皆が使いやすい新たな交通手段を生み出すことが目的である。社名を株式会社未来シェアとした。

 

 コミタクの創業前、私は渋滞の列を見ながら1台に1人しか乗っていない無駄をなんとかできないものかと思っていた。一方で、空のバスに凄まじいほどの補助金を打ち、維持していることのアホらしさを失笑していた。また、タクシー運賃の高さと接客の悪さにも閉口していた。出来るだけ多くの車で出来るだけの多くの油を使うことが、経済大国ニッポンを支えているのならば、いずれ国は滅びると断言してもいい、そんなことを思っていた。 


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 地域の課題を考え、「みんなの足」を創ろうと言った時、具体的なビジネスモデルは「月極定額地域限定乗合タクシー」だった。毎月一定額を払えば多治見市内でタクシー乗り放題、ただし、乗合制であるという乗物である。素人が何を言いだすのかと、運輸局からも業界からも笑われたのだが、あれから14年、今や「ライドシェア」という名で世界各地を席捲している。最初にこれを仕掛けたウーバーという会社は、実に7兆円もの資金を集め、次世代を牽引すると期待される企業となっている。1台の車を皆でシェアするという単純な発想は全く同じである。コミタクとウーバーとでは、何が違っていたのか・・・。IT技術に他ならない。エロ画像見たさにFAXモデムをパソコンにつないでいた時代である。スマホの出現もAIと呼ばれる人工知能のことも、全く想像できなかった。というより、0と1で成り立つデジタルの世界へ関心が持てなかったし、小難しいプログラミング言語への拒絶心も強かった。光の速度でデータをやりとりし、無線でどこへでも飛ばせることなど考えもしなかった。まあ、悔しいとも思わない。それは多様性のひとつの結果である。私がIT技術者になるなど今世では考えられないのである。

  

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 ただ、どういう仕組みか知らないが、“想い”は常に実現の方向へ行くものらしいことを経験から知った。もちろん、形になったもの、ならないもの、それぞれあるが、チャンスは必ず巡って来る。自己啓発セミナーや宗教に被れているわけではない。事実として、そういうものなのである。私と未来シェアが繋がる必然性は、それ以外何もない。

 

 未来シェアの立上げメンバーは、研究者の先生が中心となっている。理系のど真ん中、私とは真逆である。だからこそ、飲んでいる時も話はとてつもなく面白い。ある先生に、どうしてこの道に進んだのかと聞くと、少年の時に見たガンダムだと言う。ビグザムを自分で作りたいと思ったとおっしゃられるが、私には全く意味不明である。ただ、そんな話を聞いていて、ふと思った。未来を描いたアニメに出て来る“想い”が、現社会で次々と実現している。鉄腕アトムやドラえもんに出て来た空想の物なり仕組みが、現実のものになっていることに驚く。手塚治虫や藤子不二雄の偉大さはもちろんだが、空想が現実に結び付く、逆言えば、想わなければそうならない、「そういうもんである」のかも知れない。人間に創れないものはないと錯覚しそうであるが、皮肉にも今、人間は人間に勝るものを創ろうとしている。良いか悪いかの議論などどうでもいい。成長したいと願う本能が、今ここにいるという証なのである。

 

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 いずれにしても我々は、未来シェアで世の中を変えようと思っている。現に資本も人もウーバーほどにないにせよ、どんどん集まって来ている。旅客や自動運転車両の方向だけでなく、他の分野に汎用するプランも具体的にあり、夢は膨らむ。ただ、悲しいかな、一番関心がないのが業界である。私には理解ができないが、現状維持への願いもまた、人間の本能なのだろう。確かに変化は怖いものなのかも知れない。しかし、変わらなければ、いずれなくなる。まあいい、大人しくじっとしてろ、俺たちが作って行ってやるから、ぐらいの気持ちである。

 

2017/06/26

他生の縁

 モルディブに住む友人が、日本に帰って起業をしたいというので色々と相談に乗っていた。就労支援事業とネット通販に興味があるらしく、様々なビジネスアイデアやら、商売の基本やらについてSkypeでやりとりしていたのだが、先日、いよいよ帰国したので、多治見に招いて、その筋で飯を食っている三人の社長に引き合わせた。彼女は、相当な刺激を受けたらしく、混乱と興奮をしていたようだが、元々否定的な私とは裏腹に、起業の決意をさらに固くしたようである。

 

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 そう、女性である。言っておくが私の色恋の対象ではない。まあ実質独身の私にとっては、その辺のスキャンダルなど、今更、どうでもいい話だが、世の中には面倒くさい奴もいるので、きちんと述べておく。

 彼女の経歴は、結構、特異である。鳥取県で生まれ、短大卒業後、役場に勤めたものの二年で辞め、韓国へ留学した。ソウルの四大を出て東京で通訳・翻訳の仕事をしたものの環境問題に興味が生まれ、大学院に入学する。在学中、ニュージーランドでのワーホリを経験し、卒業後、環境問題先進国と言われるアイルランドに渡ったが、縁あってモルディブに住みついたという。まあまあの“不思議ちゃん”である。

 

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 私がアフリカに行った折、大韓航空のマイレージを使ったのだが、モルディブの首都であるマーレと仁川の直行便があり、どうせならちょっと寄ってみるか程度の軽い気持ちでモルディブ経由を決めた。ところが、リゾートは宿泊費がバカ高く、島へ渡るにもボートか飛行機で行かなければならず、それも高額で、第一、情報が少な過ぎた。どうしたものかとさっぱり手詰まりした私は、現地ツアー会社にメールを送ったのだが、相手をしてくれたのが彼女だったのである。それがなんとも事務的ではなく“人情的”なメールで、商売度外視して色々と教えてもらったので空港でのアテンドをお願いした。最低の宿泊費と最低の船賃しか出せないと主張する私に対して、オーダー通り探してくれたのだが、後で聞いた話によると、あんまり私が値切るもんだから、宿泊費を間違えて40ドルほど損をしたらしい。それが彼女との縁の始まりである。

 

 さて、三人の社長の名前は伏せるが、言わずもがな、共通して多動性症候群であり、しゃべりだしたら誠に暑苦しい方々である。私の周りには、このタイプがほとんどである、というよりこのタイプしかいない。圧倒された彼女は、経営者という生き物が全てそうだと思ったようだが、一応、否定はしておいた。ただ、こうじゃなきゃやってられないとも伝えておいた。皆が認める一角の経営者は、大概じっとしていなくて高温である。

 

 三人に会った後、「思ったより皆さん、お金の話をされましたね」と彼女は言った。三人のいずれもが、たとえメッキであっても社会貢献性の強い事業で、言うなれば「ソーシャルビジネス」だと断言してもいい。当社がそうであるように、お金は二の次だというイメージが彼女にとっては強かったのだろう。ところが、皆、共通して利益への拘りの話をし、「儲ける」という目標の大切さを説いたのである。社会起業家の口から出た銭の話は、彼女には意外だったのである。

 

 無題

 

 会社を興して、順風満帆に行く経営者など皆無だと思う。皆、共通して壁にぶち当たり、途方に暮れる場面がある。特に、お金が無いという辛さは、体験した人でないと想像すらできないことだと思う。志を実現するには、お金が必要だという絶対的な事実と厳しさを、起業をする人にはわかってもらいたい、そう思うのは至極自然なことである。

 

 私が彼女の企業に対して否定的だと言ったのは、わざわざ火中の栗を拾う人生でなくとも、ほかの生き方があるだろうと思ったからである。ただ、こういう奇特な人もいないと、世の中成り立って行かないことも事実である。

 お前はどうだったのかと聞かれれば、26歳で起業した時、見事なほど何も考えていなかった。そういうものなのかも知れない、とも思う。冷たい言い方に聞こえるかも知れないが、彼女が起業を言いだしていなかったら、その後、特に会うこともなかっただろう。

 

 袖擦れ合うも他生の縁。多生とも書くが、輪廻の中で人と出会うと、私は思うようにしている。おそらく前世で彼女にお世話になったのだろう。恩返しである。お金も経験も知識もコネもない彼女が、何かを始めようとしている。応援せねばなるまい。その節は、協力乞う。

2017/06/22

学生からの質問

 先日、とある大学で、ひとコマいただき話をさせてもらった。テーマは、コミタクを起ち上げた時の経緯と会社理念についてであるが、例によって自分がアホな人生を送って来た話を、どうしてもしなければならないので、学生さんたちにとっては、少し驚いたことだと思う。


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 講義の数日後に、受講された皆さんから「感想と質問」なるものがメールで送られて来た。相当な数なので、正直読むだけで骨が折れたが、これが結構面白い。若い人は、やはり素直な人が多い。率直な物言いのものが多く、感想や質問のレベルはさておき、清々しかった。質問のいくつかを紹介しよう。義務でもあろうから、私なりの答えも書き込んでみたが、答えになっていないと我ながら思う。さあ、あなたならどう答える?

 


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Q.従業員の方は、皆幸せを感じていますか?

A.ドキッとするような質問だが、経営者としてそう信じたいし、そうなるように努めているものの、それはたぶん無理でしょう。人を幸せにすることなど他人にはできないと思う。できるとするなら親に対してぐらいでしょう。あなたが生まれただけで親は幸せだからね。

 

Q.自分はまだ2年で、やりたいことを見つけるために大学に進学しましたが、まだやりたいことが見つかりません。どうしたらいいですか?

A.本当に見つけようと思っているのか?何かして、ああ気持ちいいと思ったことはないのかね?気持ちよさそうだなあ~と思ったら、まずは気持ちよさそうなことをしなさい。想像どおり気持ちよかったら、もっと気持ちよくしようとしなさい。そう、罪悪感なんていらないから。

 

Q.会社には週に2回程しか行かないと仰っていましたが、何をしているのですか

A.最近、自分でもよくわからないんだ、何やってるか。本を読む、映画を見る、ブログを書く、ゴルフに行く、人と会う、昼寝する・・・何ということもなく、一日があっという間に終わるんだ。ただ、嫌なことは一切していないね。羨ましいだろ怠け者って。

 

Q.自分の好きなことをするためにもその時お金がないとできないと思うのですが、お金がないときはどうしたらいいですか?

A.君、相当な勘違いをしているね。お金なんか自分が持っていなくても他の誰かが持っている、そういうもんだろう。だったら持っている人からもらいなさい。ん?どうやってもらうのかって?まあ、多少の知恵と人間力が要るね。そう、それこそがビジネスなんだよ。

 

Q.最近の若者は元気がないと言われます。以前の若者が元気だった理由は何でしょうか?

A.今より情報がなかったら、単純にアホだったんでしょう。情報がなくて好奇心があれば、好きなように妄想するわな、妄想は楽しいからな、元気になるわな。「若者、馬鹿者、よそ者」が世の中を変えるっていうからね。今の若い人たちは、利口な人が多いということでしょう。

 

Q.自分の好きなことは野球なのですがそれをどのように社会につなげて言ったら良いのでしょうか?

A.野球は素晴らしいスポーツだからね。まずは地域の子供に野球を教えるだけでも十分じゃないか?え?それじゃあ食えないって?そうでもないでしょ。食っている人いっぱい知っているよ。ウチへ来いよ、午後3時にあげてやるから。そういうところからでしょ。

 

Q.資本主義を「狂っている」とおっしゃっていましたが、何か代わりとなる経済体制のお考えをお持ちですか。

A.持ってるわけないだろ。そういう質問は人を選んでしなさい。

 

Q.自分としては失敗はとても怖く、いつも怖気づいてしまいます。やはり何事にも失敗を恐れずにやらない事には始まらないと思うのですがそういった場合はどうしたらいいでしょうか。

A.新しい事業を起こす時、右から左まであらゆる可能性を考える。その全部に打つ手を考えてみる。案外、打つ手は意外とあるもんだ。こうなったらああすると決めておく。もちろん10通りでは済まない。それでも最悪のシナリオとなる場合がある。その時だよ、問題なのは。実は最も重要なのはキッパリ止めることなんだ。凡人には、これができない。ダラダラとどうしようもない所まで行く。だから、考えてご覧、本当は失敗なんてないんだ。止めることを想定して始めれば、失敗なんて絶対ないんだ。また始めればいいからね。また、やり続けられるようにすることさ。コツは案外、簡単だよ。

 

 これを機会に「龍ちゃんの相談室」なんて立ち上げようかね。もちろん、無料の代わりに一切責任を取らない。ただし、無料だが貢物は甘んじて引き受けよう。もちろん「わ・た・し」っていうのもアリにしよう。はん?男はいらん!

 

2017/06/13

午前1時のカレ天うどん

 セントレア国内線の保安検査場入口には、午前7時過ぎだというのに長蛇の列ができていた。8時10分発松山行きに乗る私は、アホらしくて並ぶ気にもなれず、「朝から生」を決め込んだ。長い列に並ばなくとも、時間になれば向こうから迎えに来る。そういうしくみになっているのである。


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 松山へ行くのは、「土木計画学会」に参加するためであるのだが、今回は高松に立ち寄ることのほうがメインとなった。K高専のM先生から電話があり、松山に来るなら高松に寄って、若手経営者に喝を入れる話をしてくれという。元々、同業者からは嫌われ者の私である。適任だとはとても思えないが“若手”と聞いて引き受ける気になった。未来のある若者たちである。悪いことは言わないから、タクシー会社など今すぐ辞めなさいと引導を渡すのが先輩経営者としての誠実な務めだろう。もはや地方のタクシーに未来などない。特に中小零細企業にとっては、厳しい現実が目の前にある。それを誰も口にしない業界である。私が言わねば誰が言う。

 

 松山に3日滞在し、少しの勉強と学者先生たちとの宴会と、間に鯛めしや鯛だしラーメンを食らい、坂の上の雲ミュージアムに少しがっかりしながらも司馬先生の偉業に感心し、じゃこ天と弁当と缶ビールを買込んで、予讃線で高松へ向かった。

 

 松山飛行機 (2)

 

 松山飛行機 (3)

 

 高松ではタクシー協会A会長直々のお出迎えを受けて恐縮したが、待ち合わせ場所にはM先生の後ろに見なれた顔の方がいた。あれ?倉木麻衣を嫁にするという野望を持つO大学のO先生ではないか。昨日までいっしょにいたのに、ナニ。多忙ではこの業界で全国一二を争うお方である。くだらん私の話を聞きに高松まで寄っていただけるとは光栄ではあるが、後悔されないことを祈るばかりである。ちょっとうれしかったけどね。

 

 さて、講演は予定時刻通りに始まり、身も蓋もない話になっていることに自身で気付きながら、約75分捲し立てた。耳の痛い話を随分申し上げたが、皆さん熱心に聞いて下さった。何より気分が良かったのは、美しい女性がひとり、席に混じっていたことが大きかった。講師なんてそんなもんである。それだけで調子に乗る。だから、人前であることないことペラペラしゃべる奴にロクな奴はいないのである。もちろん私はろくなやつではない。

 

 さて、問題はそこからだった。懇親会である。講師を囲んでの懇親会など、お互いに微妙な距離を保ち、愛想笑いの応酬で程なくお開きとなるのが常だが、恐ろしや高松タクシー協会若葉会は、それを許してはくれなかった。とことんであった。敵は、20代~40代の現役である。今や懐かしい「昭和の飲み方」なのである。小洒落た居酒屋での一次会は飲み放題タイムリミット一杯まで盛り上がり、二次会で高松嬢に鼻の下を延ばした後、2回目の「次行きましょう!」でロシアンとかいう名前の店の扉を開けると、明るいフィリピーナが出迎えてくれた。並んで「タラッタイマテ~」というチャイニーズ嬢が笑っている。どこがロシアだよ、と突っ込むと奥から「私がロシアよ」と3ラウンドKOを喰らったナブラチロアのようなおばさんが出て来た。高松は奥が深い。

 

 3回目の次行きましょうでは、シメだシメっ!と若葉会T会長が叫んでいた。どこが若葉だよ。シメはうどん、本場っすから!カレ天8人前~!って、カレ天!?カレーうどん天ぷらのせである。時刻は午前1時過ぎ。明らかにイカンやつである。しかも有無を言わせぬ会長の統率力。全員カレ天。私の舌を滑らかにしてくれた美人C嬢も「私食べられなぁーい」などと無礼なことは言わない。何食わぬ顔で目の前に出されたカレ天に箸を突っ込んだ。見た目は当然茶色系のグロい丼ものである。ところが、やはり自信を持って会長がいうだけのことはある。う、うまい。あっという間に汁まで飲み干して完食である。絶対イカンやつなのに。

 

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 かくして翌朝に予定していた私の「朝うどん」計画は中止となり、ドリフを見た後にはすぐ寝る習慣の私には、「午前1時のカレ天」は、予想通り身体に多大な影響を与えた。それでも20年前には毎晩こんなことをしていたなと自分を振り返ると、徹底的にお付き合いいただいた皆さんには頭が下がる。最近の私は、人との付き合いを意識的に避けていた。しんどいし、面倒くさいからだ。しかし、気持ちのいい人たちとの酒は、やはり気持ちがいい。思い出せないほど久しぶりに実に楽しい夜だった。高松の新しい友に、心より感謝である。彼らは、岐阜に来ることを約束してくれたが、果たして味噌煮込みうどんにどんな罵声を浴びせるのだろう。楽しみである。

 

 ひとり真夜中の商店街のアーケード下をホテルに向かって歩きながら、どんな未来が来ようと彼らは対応できるような気がした。変化に対応できるのは、「よそ者、馬鹿者、若者」だという。そうだ、彼らのような若者がいる限り、この業界も捨てたもんじゃないのかも知れない。心からそう思った高松の夜である。

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